涼やかな夏きものとして人気ですが、その魅力を生み出しているのは実は冬。
世界文化遺産にも登録されている小千谷縮についてご紹介します。
冬の農家の副業
新潟県小千谷市で生産されている小千谷縮は、江戸時代初期に播州明石(現在の兵庫県明石市)からやってきた堀次郎将俊(ほりじろうまさとし)氏によって、越後上布に改良を加えて誕生しました。
やがて関西で人気や知名度を獲得し、江戸幕府へも上納され、帷子(かたびら)として着用されるなど最高級織物として人気を博します。
小千谷周辺の越後地方では昔から織物産業が盛んだったといわれていますが、生産が始まったのはおよそ1200年前のこと。
雪国は麻織物の原料となる苧麻(ちょま)の栽培に適していたことと、冬は地域一帯が豪雪となり農業ができなくなることから、多くの農民たちが副業として冬の間は麻布の生産に取り組むようになっていったのです。
根気の要る糸づくり
夏きものの代名詞ともいわれる小千谷縮ですが、基礎になる重要な工程「苧績み(おうみ)」が行われるのは厳寒の冬。
織物の原料となる苧麻から繊維を取り出した青苧(あおそ)を水に浸して湿らせ、口に含んで爪で細く裂き、糸先を一本ずつねじり合わせて一定の細さになるよう均一につなぐ根気の要る手作業です。
青苧を湿らすのも水道水ではベタつくため、山から汲んできた湧き水を使ったり、ストーブの熱は糸に影響を与えるので、コタツに入って作業をする人も多いのだとか。
ベテランでも一反の糸を紡ぐのに3ヶ月以上かかるといわれています。
「湯もみ」で繊細なシボを表現
小千谷縮の美しい絣模様は、「手くびり」によってつくられます。
糸を張り、くびり糸で固く巻いて染色するため、その部分が防染され絣ができあがります。
製織するのは「いざり機(地機)」。
現在ではこの手織機は小千谷縮・越後上布・結城紬などわずかな織物でしか使用されないという貴重な織機です。
織り上げた麻布は糊や汚れを落としながら布を柔らかくする「足ぶみ」を行います。
そして、緯糸(よこいと)に強い撚り(より)をかけて織られた布地は、ぬるま湯の中で「湯もみ」をすることで布が縮むため、小千谷縮特有のシボと呼ばれる凸凹が表面にあらわれます。
このシボによって、夏に着付けをしても肌に張り付かずに爽やかな着心地に。
夏の最強きものと称される所以です。
越後の早春の風物詩「雪晒し」
豪雪地帯独特の伝統的技法のひとつに「雪晒し」があります。
雪晒しとは冬晴れの日に雪の上に反物を晒して太陽光によって漂白する工程のこと。
雪の上に発生するオゾンには殺菌や漂白作用があり、麻の染めていない部分の色素が抜けて雪のように白くなるため、白さや鮮やかな色を際立たせ、風合いや光沢を出すのにも効果的。
雪深い環境を活かした技法は小千谷縮のほかに越後上布でも用いられています。
通常は2月下旬から3月下旬にかけて約2週間かけて行われ、越後の早春の風物詩として観光客も多く訪れるそうです。
無形文化遺産に登録
小千谷縮は1955年に「越後縮」として国の重要無形文化財に指定され、1966年に「小千谷縮・越後上布」に変更されました。
重要無形文化財に定められた項目は
・すべて手績みした苧麻糸であること(苧績み)
・手くびりによって絣模様をつけること
・いざり機(地機)で織ること
・シボを出す場合は湯もみによること
・地が白いものは雪晒しをすること
これらの条件をクリアした小千谷縮には技術保存会による割印の証紙、確認証が発行され、製品確認証票の登録番号で1点ずつ工程のすべてがたどれるようになっています。
さらに2009年にはユネスコの無形文化遺産に登録され、小千谷縮は世界的にも注目を集めるようになりました。
糸づくりから反物の完成までの手間の多さから、ひと冬はおろか、ふた冬越しの製作になることもめずらしくないといわれる小千谷縮。
涼やかな夏きものは、越後の忍耐強い人々の汗と豪雪が生み出した結晶なのです。